【千臨技平成13年度一般検査研修会報告】 成人病従事者講習会
尿中トリプシンインビター(U-TI)測定の有用性
 アークレイ株式会社
トリプシンインヒビター(Trypsin Inhibitor)は動植物界に広く存在するが、その性状、生理的意義、代謝経路等、まだまだ不明な部分が多い。
ヒトの尿中にもトリプシンインヒビター(Urinary Trypsin Inhibitor;U-TI)が存在する事、及び腎疾患によって尿中に増加する事が、1908年、初めて報告された1)。1965年には、U-TIが腎疾患だけでなく、感染症、心筋梗塞、白血病、悪性腫瘍、外科手術、妊娠後期等で上昇すると報告されている2)。その後、長年に渡って、U-TIの物性や、生理的意義、臨床的意義の研究が重ねられたが、U-TIの物理化学的性状における分子多様性(試料の処理方法や測定法の違いにより、分子量が8,000〜85,000と異なっている)という問題が生ずるに従い、分子属性の研究が主流となった為に、その有用性が指摘されながら、臨床検査の現場で応用されてこなかった。
逆にU-TIは、膵分泌酵素であるトリプシンの活性を阻害する性質を利用して、膵炎治療薬として着目されはじめ、1972年には、初めて完全な形でヒト尿からU-TIが分離・精製された3)。今日では、急性膵炎をはじめ、手術やエンドトキシンショック時に対処する、重篤な副作用の見られない製剤(ウリナスタチン)として利用されている。
1989年、酵素阻害法を用いた試薬の開発が行われ、初めて臨床の場に応用された。その結果、急性期蛋白(Acute Phase Protein)の一つである血清中CRPの変動と平行してU-TIが尿中に出現する事、さらには、CRPに比べ、U-TIが時間的に先行して変化する事が明らかとなった。その後、新たにラテックス免疫凝集法が開発され、腹部大外科手術後の経過観察に有用である事が実証された4-5)。さらには、小児領域での感染症の診断及び経過観察の重要な指標になり得る事など、その臨床的意義が明確になりつつある。
また、近年、U-TIの存在が、尿中白血球検出試験紙の偽陰性化の一因となる事が報告されている6-7)。図1に示したように、U-TIは酵素阻害活性を持つ2つの相似したドメインがあり、2箇所で糖鎖に連結している。その反応基の違いから各々のドメインにて阻害する酵素が異なり、ドメイン1は白血球エラスターゼ(Leukocyte elastase)、キモトリプシン(Chymotrypsin)に対して、またドメイン2はトリプシン、キモトリプシン、プラスミン(Plasmin)に対して阻害活性を示すDouble-headed inhibitorと報告している。即ち、白血球エラスターゼとU-TI(のドメイン1)とがcomplexを形成し、白血球のエラスターゼ活性が失われたとしても、U-TI(のドメイン2)のトリプシン阻害活性は失われないので、結果として、尿中白血球試験紙偽陰性検体における、U-TIの存在がクローズアップされる事になる8)
今回、我々は抗ヒトU-TIウサギポリクローナル抗体を用い、測定方法として、免疫比濁法を原理とするU-TI測定試薬「マスターテスト U−TI」を開発した。同一患者から採取した血清及び尿を用い、血清中CRPとU-TI(マスターテスト U−TI)との関係を調査した結果、図2に示すように、y=1.8x+5.0(y=U-TI、x=CRP)、r=0.64と良好な相関関係が得られた。尚、図2中において、U-TIとCRPとの挙動が一致しない検体については、U-TIがCRPに比べ時間的に先行して変化する事から考えると、炎症性疾患のstageが異なる為ではないかと推測される。
本試薬を全自動尿中成分定量装置「AUTIONマスター」を用いて測定する事により、操作性、定量性、安定性において、U-TIを高精度に測定する事が出来る。「マスターテスト U−TI」を用いたU-TI測定が、多くの施設で簡便に実施され、臨床の現場に、より正確な、より迅速な生体情報を提供する事で、将来、患者に苦痛を与えない非侵襲の炎症マーカーとして、より早い治療の一助になる事が出来れば幸いである。

参考文献
1) Muller,E.:Uber das Verhalten des proteolytischen Leukocytenfermentes und
seines "Antifermentes" in den normalen und krankhaften Ausscheidungen
des mens chlichen Korpers.Dtsch.Arch.Klin.Med.92:216,1908.
2) Faarvang,H.J.:URINARY TRYPSIN INHIBITOR IN MAN
("MINGIN").Scand.J.Clin.Lab.Invest.17(supp.83):1-78,1965.
3) Proksch,G.J.,Routh,J.I.:The Purification of the trypsin inhibitor from human
Pregnancy urine. J.Lab.Clin.Med.79:491-499,1972.
4) 桑島士郎、松井 正、北橋 繁、岸田卓也、野田忠文、和泉良仁、中 恵一、
奥田 清:尿中トリプシンインヒビターの臨床的意義.炎症.9(3) : 175-182,1989.
5) 桑島士郎、野田忠文、和泉良仁、喜多尾浩代、中 恵一、奥田 清:尿中トリプ
シンインヒビターの急性相反応からの検討.臨床病理,40(7):751-755,1992.
6) 後藤明子、内田壱夫、冨田 仁:エステラーゼ活性を検出する尿中白血球反応試験紙
の問題点.機器・試薬,18(5):747-753,1995
7) 松岡 優、馬場律子、斎藤妙子、沖 深美、板橋 明、宿谷賢一:尿試験紙白
血球反応と血中C-反応性蛋白濃度との関係.医学検査,48(12):1720-1723,
1999.
8) 吉田悦男、美原 恒:尿中プロテアーゼインヒビター・プロテアーゼとそのインヒビターの基礎.
メディカルレビュー社
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