千臨技会誌 2002 No.3 通巻86

シリーズ 細胞レベルの病理学
23. 溶連菌感染後糸球体腎炎(poststreptococcal glomerulonephritis)
千葉社会保険病院            岸 澤   充
千葉県こども病院             中 山   茂
千葉大学医学部第一病理学      梅 宮 敏 文
研   究 新生児病棟(NICU)における
緑茶を用いた院内感染対策
浦安市川市民病院 検査科    ○石 川 恵 子
                        木 村 英 樹
                (新生児病棟スタッフ)
研   究 前立腺特異抗原(PSA)検査の
スクリーニングとしての有用性
安房医師会病院臨床検査室           
          宮田光紀 鈴木基郎 高橋金雄 
研   究 剖検にてAeromonas hydrophilaを検出した
劇症感染症の一例
国保君津中央病院 検査科 細菌室   
      ○高橋弘志 秋倉 史 岩間暁子   
施設紹介 千葉社会保険病院  



シリーズ
細胞レベルの病理学
23. 溶連菌感染後糸球体腎炎
(poststreptococcal glomerulonephritis)
千葉社会保険病院   岸 澤   充
千葉県こども病院   中 山   茂
 千葉大学医学部第一病理学   梅 宮 敏 文

 溶連菌感染後糸球体腎炎は、溶連菌の感染後1〜3週間の潜伏期を経て、血尿、浮腫あるいは高血圧のいずれかを伴い、低補体血症を呈し小児に多く発症する。
 組織学的には、糸球体の著しい腫大、糸球体内に赤血球がほとんどみられないこと、糸球体内の核が増加していることを特徴とする。腫大した糸球体は、メサンギウム細胞や内皮細胞の増殖を示し、急性期には多核白血球やマクロファージの浸潤を示す。また、蛍光抗体法では血管係蹄壁に沿ってIgGやC
の沈着を認める。電顕的には、基底膜上皮側にみられる高電子密度の瘤状の突出物hump(写真1、2)を特徴とする。humpは、形、大きさが様々でしばしば均質な構造を示し、急性期に出現し数週から数カ月で基底膜内に埋め込まれ数ケ月で消退する。humpを覆う上皮細胞は、足突起を失い細胞質にアクチンフェラメントの集合による高電子密度の帯がhumpを覆うようにみられる。
 他の急性腎炎症候群を呈する疾患との鑑別としては、膜性増殖性腎炎やIgA腎症などがある。
 膜性増殖性腎炎では、増殖の主体がメサンギウム細胞と単球であり、メサンギウム細胞が基底膜と内皮細胞の間に増殖侵入するmesangial interpositionを呈すること、IgA腎症の急性期ではhumpを欠くことにより鑑別される。
写真-1 基底膜上皮側に存在するhump(↑)
BM:基礎膜 F:足突起 bar=2μm
写真-2 毛細血管内のマクロファージ(MA)と好中球(NEU)ED:内皮細胞 bar=2μm

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研   究
新生児病棟(NICU)における
緑茶を用いた院内感染対策
浦安市川市民病院 検査科   ○石川恵子
                        木村英樹
            (新生児病棟スタッフ)

key words:MRSA、院内感染対策
      緑茶の抗菌作用
      カテキン
はじめに
 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌MRSAは院内感染の原因微生物として、依然として問題となっている。多くの医療施設で施設内細菌叢として定着しており、当院の新生児病棟においても例外ではない。新生児は常在菌叢が成熟しておらず、MRSAに感染すると新生児早期発疹症(NTED)やブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(SSSS)等の発症の原因となる。新生児は環境や母親から良好な常在菌を得る事により、少しずつ常在菌叢を確立し、感染防御の役割をはたしている。MRSAの除菌はムピロシン等の抗菌薬やイソジン等の消毒剤によって行われるが、薬剤による除菌は常在菌に影響を与え、菌叢の撹乱を招く。またムピロシン耐性菌の出現も問題となっている。
常在菌を見直し、抗菌薬に頼らずにMRSAに対応する方法として、現在、注目されている緑茶の殺菌・抗菌作用に着目した。
 緑茶は副作用や耐性化の問題も少ないためMRSAに対して有効な薬剤が、ほとんどない現状では、感染予防に役立つものと考えられる。検査室において、新生児病棟からの分離菌に対する緑茶の抗菌効果の基礎的検討を行い、新生児病棟では実際に緑茶によるケアを行い、臨床効果を観た。緑茶が新生児病棟での院内感染対策に、有用という結果が得られたので、ここに報告する。
T.基礎的検討
【方法】
使用茶葉:緑茶(煎茶)、烏龍茶、紅茶、ほうじ茶
使用菌株:新生児病棟の患者検体より、分離した菌株を使用した。
      @ MRSA TSST-1産生株
      A MSSA
      B E.coli
      C Enterobacter cloacae
      D P.aeruginosa

実験.1
@緑茶抽出液を作製
 茶葉10gに沸騰した蒸留水500mlを加え、2分間抽出後、濾紙で濾過した。
Aハートインフュージョン寒天培地粉末を、茶抽出液で溶解、滅菌後、平板培地を作製した。同様に茶の濃度を希釈した培地を作製した。
Bカウント時のコロニー数が約300CFUになるように菌液を調製し、0.1mlをコンラージで塗抹し、37℃で一夜培養した。
Cコロニー数をカウントした。

 
実験.2
@一夜培養菌液の定量培養を行い、菌量を測定した。緑茶に接種する菌量が104〜105CFU/mlと、なるように菌液を調整した。
A実験.1と同様に緑茶抽出液を作製した。
B緑茶抽出液10mlに菌液0.05mlを加え混和後、室温に放置し、作用時間毎に0.05mlをヒツジ血液寒天培地にコンラージ棒で塗布し、一夜培養後コロニー数をカウントした。
【結果】
実験.1
表1 緑茶培地での発育コロニー数
 緑茶含有平板培地によるコロニーの発育は、100%、75%ではすべて発育が観られず、50%でP.aeruginosaに3コロニーが見られたが、その他では発育が観られなかった。25%ではMRSAが、コロニー数が一番少なかった。

実験.2
表2 MRSAに対する緑茶の作用時間によるコロニー数
 菌量を調整し、適切な菌量にすると、緑茶により菌の発育抑制が観られた。緑茶による発育抑制は緩やかなものであり消毒液のように短時間で効果は観られず、一夜以上を要した。培養時間が長くなると対照の蒸留水のコロニー数も減少した。写真1に観られるように、3時間後より緑茶ではコロニーが少し、小さくなった。
 当初、緑茶にどの程度の抗菌効果があるのか半信半疑で試行錯誤を繰り返し、いろいろな実験を行った。茶の種類も緑茶、ほうじ茶、烏龍茶、紅茶等の茶についても実験を行い、同時に消毒液についても実験を行った。数種の茶葉の中で、緑茶が最も有効であったため、その後は緑茶に絞って実験を行った。
菌液濃度がデータに大きく関係し、接種菌量が多いと緑茶の効果は観られなかった。また茶葉や沈殿物が混入すると、茶葉に菌が付着し、効果の判定が困難となった。そのため緑茶抽出液は濾過をし、茶葉が混入しないようにした。


U 臨床応用 新生児病棟において、緑茶ケアを3名の新生児に対し実施した。
【方法】
@沐浴
 沐浴槽に緑茶湯(50%)を作製し沐浴を行った。固形石鹸を使用。上がり湯は使わずタオルで拭き肌着を着用する。
A清拭
 クベース内で滅菌ガーゼに緑茶を、浸み込ませたもので清拭した。
B口鼻腔のケア
 綿棒に緑茶を浸み込ませ口腔内を拭う。
 鼻腔は授乳前に綿棒に緑茶を浸み込ませ両鼻腔を拭う。
C臀部のケア
 お尻拭きは紙タオルに緑茶を浸み込ませたものを使用する。排便後は緑茶20mlで肛門を洗う。
【結果】
 それぞれの場所においてケア前後の細菌培養を行った。検出菌種・菌量にこれといった差は認められなかった。この時は、MRSAは検出されなかった。
 MRSAの保菌の有無にかかわらず、日常的に緑茶ケアを継続したところ、保菌者がいた病棟から8ヶ月間MRSAが検出されないという効果がみられた。その後MRSAが検出されたが、緑茶ケアにより消失した。
―MRSA検出例―
平成11年度MRSA陽性者4名検出回数14回
平成12年度MRSA陽性者1名検出回数1回
平成13年度MRSA陽性者1名検出回数3回

表3 緑茶ケア前後の細菌培養
【考察】
 緑茶の生体防御、疾病の予防・その回復、体調リズムの調節、老化制御などの生体調節機能(三次機能)が現在、注目されている。抗菌作用はカテキン類による効果である。新生児に用いるためには、対象菌に有効で副作用が少ないものでなくてはならない。カテキンは高濃度で接種した場合には新生児に対して成長障害などの副作用があるが、通常の使用量では全く問題は認められない。むしろ、皮膚等も良い状態となった。この研究結果より、緑茶はMRSAに有効であり、他の菌種に比べてMRSAに強く作用する事が確認された。根気強くケアを続けることにより、他の菌種は消失せずにMRSAのみ消失した。これはMRSAのvirulenceが他の菌種に比べて、弱いためと考えられる。
【結語】
 あらためて常在菌の重要性と、耐性菌を作らないための抗菌薬使用の制限について考える機会を得た。
この研究に取り組んだことによりスタッフの院内感染対策に対する意識が向上したことが大きなメリットとなった。
文献)
1.島村忠勝:奇跡のカテキン,PHP研究所,2000
2.村松敬一郎編:茶の科学,朝倉書店,1991
3.中村護ら:緑茶のMRSAに対する効果,医薬ジャーナル,Vol.35,2/p.695,1999
4.佐藤大祐ら:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌に対する緑茶の効果,臨泌51巻6号(377-380),1997

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研   究
前立腺特異抗原(PSA)検査の
スクリーニングとしての有用性
安房医師会病院臨床検査室           
     宮田光紀 鈴木基郎 高橋金雄 

はじめに
 近年の生活、及び食習慣の欧米化に伴う前立腺がんの増加に注目し、1985年度より安房郡市11市町村を対象に、前立腺がん検診を実施してきた。
 検診内容は、問診、経直腸的触診(直腸診)腹部超音波検査であった。1990年からは、上記検査にPSAを追加した。1998年は老人保健法に基づく検診事業に前立腺の項目を追加し、PSAのみでスクリーニングを実施した。
 今回、1997年度までの直腸診中心の検診と、1998年度のPSAのみでスクリーニングした検診を、比較検討したので報告する。
【目 的】
 採血のみでスクリーニングできる簡便なPSA検査の有用性について検討する。
【対象と方法】
 対象は図1に示した1985年〜1998年度までに受診した3,697名である。その内訳は、1985〜1997年度までが、2,765名で、1998年度は932名であった。
 PSA測定キットは、アキシムPSAダイナパックを用い、基準値は、4.0ng/ml以下とした。
【結果】
【受診者数】
年次推移(図1)を見ると、1985〜1997年度までは、年間200〜300名であった。1998年度は932名となり、PSAによるスクリーニングの簡便性が受診者増加の要因と思われた。
【Stageの比較】
 発見がんのStage分布(図2)をみると1985〜1997年度まではStageCの進行がんの割合が54%と高かったが、1998年度はStageA+Bが62%となり、PSAが、がんの早期検出に有効と考えられた。
【年度別生検対象者選出基準】
 図3に生検対象者の選出基準を示す。1997年度以前と1998年で比較すると、1990〜1997年度は1次検診で医師の直腸診が実施されていた為、生検をPSA+直腸診で決めた割合が多かった。1998年度はPSAのみで生検を施行した割合が増加し、検診を簡便化することができた。
 ただし、1990〜1997年度の検診でPSA4.0ng/ml以下のもののうち5例が直腸診によってがんが疑われ生検が施行。このうち3例が前立腺がんの診断を受けており、cut off値については再度検討の必要性を認識した。
【PSA単独検診のがん発見率】
@年齢別受診者数の分布とがん発見率
 表1に示した1998年度年齢別受診者数で、最も多かったのは60歳代の425名で、次いで、70歳代の260名だった。
 年齢別がん発見率では、50歳代での発見はなく(0/202)、60〜69歳で0.9%(4/425)、70歳以上では3%(9/305)と加齢とともに上昇した。
APSA値別がん発見率
 表2に1998年度、2次検診受診者のPSA値別がん発見率を示す。2次検診通知者は59名うち58名が受診した(受診率98.3%)。
 がん発見率は、4〜10ng/mlのgray zoneで10.4%(5/48)、10〜20ng/mlで66.7%(4/6)、20ng/ml以上はすべてがん(6/6)であり、感度、特異性とも十分スクリーニングに対応できると考えられた。
【まとめ】
@1985年度から、延べ3,697名の前立腺検診を行い、42例(1.1%)の前立腺がんを検出した。
A1998年度はPSA単独の検診を行い受診者の肉体的負担が軽減され、受診者数が大幅に増加した。(受診者数932名、がん発見率1.4%)
BPSA単独の検診に切り替えたことで早期前立腺がんの検出割合が増加し、PSAのスクリーニング検査としての有用性を認識できた。
【考察】
 検診運営には、受診者の効果的な選別が必要である。1998年度の検診対象者を50歳以上とした事は、検診効率上、有用だったと考えられた。
PSAは、早期前立腺がんの検出において有効な手段と考えられたが、過去の検診結果からもカットオフ値については,再検討する必要性を感じた。
 また、gray zone(4〜10ng/ml)を示す症例では、前立腺がんと前立腺肥大(BPH)などの非がん症例との鑑別が困難な場合が多いことが指摘されている。確定診断に用いられる前立腺生検は侵襲的検査法で、患者の負担が大きいため、この領域での特異性を高め,がんの可能性の高い患者を絞り込むことが重要である。この観点から当院では、2次検診にfree−PSA/total−PSA比(F/T比)を用いることにより、どのくらい不要な生検を回避することが出来るか追跡調査中である
(図1)   前立腺検診受信者数の推移

(図2) 
前立腺がんのStage分類
StageA:
臨床的にはがんと診断されず、たまたま前立腺の手術試料の病理学的検索でがんが見出される。がんは前立腺内に限局し、移転もない。
StageB: がんは触診などで臨床的に診断しうるが前立腺に限局し、移転もない。
StageC: 前立腺被膜を超えて侵襲しているが転移はない。
StageD: 臨床的に明らかな転移を有する腫瘍。

(図3) 生検対象者の選出基準
年齢 受診者数 がん患者数 がん発見率(%)
50〜59 202 0 0.0
60〜69 425 4 0.9
70〜79 260 8 3.1
80〜89 45 1 2.2
932 13 1.4
表1 1998年度 前立腺検診年齢別受診者数とがん発見率
PSA値(ng/ml) 受診者数 がん患者数 がん発見率
(%)
4〜10未満 48 5 10.4
10〜20未満 6 4 66.7
20以上 4 4 100.0
58 13 22.4
表2 1998年度 2次検診受診者のPSA値とがん発見率
【文 献】
1)財団法人前立腺研究財団編:前立腺診療マニュアル,金原出版,1995
2)前立腺検診協議会,財団法人前立腺研究財団編:前立腺検診の手引き.
3)第24回尿路悪性腫瘍研究会記録,早期前立腺癌の診断とその対策,1998.

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研   究
剖検にてAeromonas hydrophilaを検出した
劇症感染症の一例
国保君津中央病院 検査科 細菌室   
  ○高橋弘志 秋倉 史 岩間暁子   

【要 旨】
 肝細胞癌、肝硬変による肝機能障害患者の剖検時に得られた肩関節周囲筋膜炎の壊死部よりAeromonas hydrophila(A.hydrophila)を分離した一例を報告する。症例は51歳、男性。2000年10月に肝細胞癌に対する生体部分肝移植を受ける予定となっていた。同年9月2日午後9時頃より突然、右肩が痛み出し近医受診し、湿布、座薬処方されるも軽快せず、3日、当院整形外科受診。検査予約し、経過観察するも痛み増悪し、また、腫脹もひどくなり、右肩関節炎の診断で4日、入院。同日未明には、吐血、一旦興奮状態となった後、血圧、心拍数低下、呼吸停止。ショックから回復せず永眠。5日、急速なショックの進行原因、肝細胞癌の門脈浸潤の程度、筋肉内出血と関節包炎の原因追求のため剖検に至る。剖検時に提出された右三角筋深部の壊死筋肉組織からグラム陰性桿菌が見られ、培養検査にてA.hydrophilaが分離された。本疾患の経過は急激でありながら、V. vulnificus感染症のような特徴的な皮膚病変が無く剖検時検体の培養にて判明した一症例と考えられる。
Key words:Aeromonas hydrophila、肝機能障害、剖検診断、日和見感染

 A.hydrophilaを始めとするAeromonasは淡水域の常在菌で、河川、湖沼、その周辺の土壌および魚介類等に広く分布している。本菌感染症の発生は、それら自然環境の本菌による汚染が直接または間接に影響し、菌の増殖が活発な夏期に多い。本菌の分離率は、地域、年、季節、検査方法などによって異なるが、全体的に熱帯および亜熱帯地域の開発途上国で高いので、これらの地域への渡航者下痢症からも本菌が分離される。
1,2)
本菌は腸管外感染症の原因ともなり、下痢症についで多いのは創傷感染である。腸管外感染症の部位はほぼ全身の組織に及ぶが、特に皮膚や筋肉などの軟組織感染が報告されている。特に経口感染により肝硬変患者に発症したAeromonas菌による感染症の予後は極めて不良で急激な経過で死に至る例が多い。理由として、Aeromonas菌の増殖を伴った壊死性腸炎が敗血症の病巣となり、そして感染病巣に炎症性細胞が浸潤しないことが、本菌を全身に散布し続けることになり、患肢切断や集中治療にもかかわらず、重篤化すると考えられている。
3)  今回、生魚食後に激しい肩の痛みを訴え、57時間後に剖検材料よりA.hydrophilaを検出した症例を経験したので報告する。
【T.症 例】
1. 患者:51歳、男性。

2. 主訴:右肩の激しい痛みと腫脹。

3.既往歴:1982年、33歳時、慢性肝炎で当院通院開始。1988年頃より、肝硬変の臨床診断を受けた1994年6月に腹部エコー、CTによりHCCと診断(肝S8直径20o) TAE施行。その後、S2、S5、S7に再発し、TAE、PEIなど繰り返し治療を受けていた。2000年6月16日〜8月4日の入院でTAE施行。その後、本人と家族の希望により肝細胞癌に対する生体部分肝移植を予定。2000年8月、息子をドナーとする京都大学医学部での生体肝移植術(10月)を待っていた。

図1 右肩X線写真
4.現病歴:2000年9月になる前に仕事の整理をすべく、全国を忙しく出張していた。時々発熱あるが、また、自然に下がっていた。その時に北海道にて生の魚介類を飲食していた。2000年9月2日午後9時頃より突然、右肩が痛み出した。近医受診し、湿布、座薬処方されるも軽快せず、また局注は受けていなかった。9月3日、当院整形外科受診。右肩のX線(図1)とるも変化なく、検査予約し帰宅。9月4日、経過観察するも痛み増悪し、また、肩の腫脹がさらに悪化し、整形外科再診し右肩関節炎の診断で入院となった。

5.入院時理学所見
  体温:36.6℃。血圧:77/52mmHg。
  脈拍:92/min。貧血、黄疸なし。
  腹部、軟。
  右肩腫脹あるが、外傷を疑わせる所見なし。

6.入院時検査所見(表1)血圧低下、血小板低下、CRP高値、低アルブミン血症、肝腎機能異常、CPKは正常値内だが高めを示した。
表1 入院時検査所見(9月4日)
表1 入院時検査所見(9月4日)

図2 右肩 MRI画像写真
7.入院後の経過:9月4日入院後、右肩痛み強く訴えMRI検査(図2)で関節内出血を疑う所見あり。その後、血圧低いものの、ソセゴン15mg、アタラックスP25mg筋注。補液・ドーパミン製剤など投与するも、ショック状態改善せず。9月5日に内科転科予定であったが、同日未明には、吐血、一旦興奮状態となった後、血圧、心拍数低下、呼吸停止し、同日午前6時5分永眠された。同日9時に剖検。次の点の究明のために実施。急激に低体温、低血圧、ショック状態に陥った原因、病態はどのようなものであったか。肩の疼痛部位の病変。肝細胞癌の内科的治療効果はどの程度であったか、また残存している癌の状態はどうであったか。急変した原因を図る。剖検時に右三角筋深部から肩関節周囲の壊死性筋肉部が判明し細菌室に培養依頼があった。









【U.細菌学的検査】
1.顕微鏡検査:右三角筋深部の壊死部の直接塗抹標本を作製し、グラム染色(Barthoiomew & Mittwer染色)にてグラム陰性桿菌を検出。

2. 分離培養:5日の剖検時に提出された右三角筋深部の壊死性組織部からの検体を5%羊血液寒天培地(BBL、以後TSA)、チョコレート寒天培地(BBL)、BTB乳糖寒天培地(BBL)、を用い好気培養を行い、ブルセラHK寒天培地RS(極東製薬)、PV加ブルセラHK寒天培地(極東製薬)にて嫌気培養を実施した。好気培養を実施した培養では18時間後にTSA、チョコレート寒天培地、BTB乳糖寒天培地に菌の発育を認めた。特にTSAでは直径3〜5mm程度の溶血環を持つS型の灰白色が特徴なコロニーを認められた。嫌気培養を実施した培地からは確認検査の結果、好気性菌と同一菌の発育が確認された。

3.同定検査:分離されたコロニーは純培養状であり、壊死部の直接塗抹標本からのグラム染色所見と一致したグラム陰性桿菌であった。オキシダーゼ試験では陽性を示した。同定感受性検査は、MicroScan−WalkAway96
TM(DADE BEHRING)のNeg Combo5Cパネルを使用した。その結果A.hydrophila groupと同定されたので、精査のため簡昜同定キットBBL CRYSTAL E/NF (BBL) を使用し、A.hydrophila と同定結果を得た。

4.薬剤感受性検査:表2に示す通りで、ペニシリン系薬剤には耐性を示し、それ以外の抗生剤には良好な感受性成績を示した。
表2 A.hydrophilaの感受性結果

【V.病理組織検査】
 右肩三角筋の組織標本を作製しHE染色(図3 ×400)した結果からは、上腕骨骨膜から三角筋肉にかけて筋組織の壊死と筋束間に好中球の浸潤の目立つ膿瘍形成が見られ、その間に桿菌を確認できた。また組織標本のグラム染色(図4 ×1,000)からグラム陰性桿菌を多数確認できた。
図3 ×400 右肩三角筋組織(壊死部) 図4 ×1,000 右肩三角筋壊死組織内に陰性桿菌が認められる
【W. 考 察】
 Aeromonasによる壊死性軟部組織感染症は、皮膚科領域のみでなく、広く医療現場で問題となっている感染症である。特に経口感染により肝硬変患者に発症したAeromonasによる感染症の予後は極めて不良である。1) その理由として、Aeromonasの増殖を伴った凍死性腸炎が敗血症の病巣となり、そして、感染病巣に炎症性細胞が浸潤しないことが、本菌を全身に散布し続けることになり、患肢切断や集中治療にもかかわらず、重篤化すると考えられている。更に、Aeromonasが白血病患者に感染すると、白血球数が激減し、白血病細胞は消失し、寛解に至った症例が報告されており、この抗白血病作用に本菌の産生するプロテアーゼが関与している可能性が示唆されている。 Aeromonasは、 溶血素遺伝子を保有する。この溶血素はエルトール型コレラ菌(Vibrio cholerae O1 biotype El Tor)の溶血毒HlyA18とタンパクレベルで45〜50%の相同性をもっているところから同じ遺伝子名が命名されている。7) 赤血球を溶解する溶血毒素、下痢を引き起こす下痢毒素、そして数種のプロテアーゼを産生する。4) 細菌の産生するプロテアーゼは組織を破壊し、菌の侵入、及び宿主の防御機構をくぐり抜け感染を成立させ、また、細菌の増殖に必要な栄養素の供給に関与する。これらの知見から、Aeromonasの病原性の発現に本菌の産生するプロテアーゼが、どの様に関与しているかを明らかにすることは、本菌による上記感染症の予防及び治療法の開発に大きく貢献すると考えられている。産生するセリンプロテアーゼが、結合組織を破壊し、本菌の感染成立に関与する重要な病原因子であることを示唆している。4,5)本症例では、これらの病原因子(毒素)により右肩関節周囲から右三角筋深部の筋肉組織の溶解が生じたと考える。しかし本症例は肉眼的所見として唯一得られるものは、右肩の腫張でありそれも関節炎程度であり、他の壊死性軟部組織感染症を引き起こす細菌のV. vulnificus感染症などのような特徴的な皮膚病変と全身に点状出血巣を示すことも無く、また当院整形外科受診時のX線検査所見にも異常を示すことも無かった。また入院時のMRI検査においても関節内出血を疑う所見はあったもののガス壊疽などの所見は認められず、細菌感染症であることの認識はできなかった。このように仲宗根ら6)の症例のようにガス壊疽様症状を呈した症例が少ないことが本菌感染症の発見を遅らせる原因の一つである。
 今回の経験したA.hydrophila感染症は、基礎疾患として肝疾患特に肝硬変から肝細胞癌をもち、経過も急激で魚介類の生食を摂取し発症した点、右肩腫張は認められるものの創傷部位は認められない事などから原発性敗血症型と考えられる。また佐藤ら
7)の V. vulnificus感染症と大変類似点はあるが、皮膚病変の特徴的な水泡や全身に点状出血巣を示す臨床症状は無かった。また症状が激変し、死亡した為に入院時以降の検査がほとんど実施することができず、そして剖検時に至っても基礎疾患が肝細胞癌ということで、激烈な細菌感染症を考慮して便培養、血液培養などを検査することができなかった。また患者自身に下痢症状があったかも不明であり、経口による感染であっても便培養で本菌を分離することができたかは疑問である。そして剖検して初めて病原因菌、死亡原因が判明した症例はあまり多くは無いと思う。
 剖検時の薬剤感受性成績では治療には役に立たないが、本症例で分離されたA.hydrophilaはペニシリン耐性であった。A. hydrophilaに代表されているエロモナス属菌は耐性遺伝子、特に ラクタマーゼ遺伝子の貯蔵庫として役割が懸念されている。現在、エロモナス属菌の中には3種のβラクタマーゼ、すなわち、セファロスポリナーゼ、ペニシリナーゼ、メタロ-β-ラクタマーゼを産生する株があることが知られている。それらの遺伝子の多くは染色体に存在するが、接合性、非接合性プラスミド上にコードされているものも知られている。
4)仮に適切な抗生剤治療を行なうとすれば、臓器移行性を考慮して本菌もV. vulnificus感染症治療9)と同様に肝臓排泄型のセファム系第3世代やテトラサイクリン系の併用療法が推奨されている。尚、本症例では抗生剤投与は一切行なわれていなかった。
 A.hydrophilaによる感染症は、国内においては、南九州, 沖縄県など 地域性が顕著に認められる菌種としてあげられている。南九州4県(熊本県、宮崎県、 鹿児島県、 沖縄県)におけるサーベイランスで、 約1年間で 15株のAeromonas 属の分離が報告されており、ほとんどが沖縄県で報告されている。患者はいずれも基礎疾患をもち,約半数以上が肝疾患で、またガス壊疽様症状を呈した症例はほとんど認められなかったと報告されている。
6) わが国では本菌による同様の症例報告はまだ少ないが、本症例のように約24時間の経過で死亡する事例もあり、原因菌の迅速な検出、同定が求められる。特に血液培養からの迅速な検出は、患者の予後に直接影響すると考える。
 感染予防のポイントとしてはV. vulnificusと同様であり、ハイリスク(肝臓疾患)の人が夏季に生鮮魚介類および貝類の生食を控えること。創傷があるときは暖かい海水や汚れた水が傷に付着するのを防ぐなどの防御法をとること、およびハイリスクの人は海岸での素足歩きは禁物である。また肝臓障害の患者には劇症感染症の説明、指導の必要性と共に医療従事者へも本感染症の認知が大切であると考える。本症例のように皮膚病変があまり無く臨床情報があまり得られない場合でも、肝疾患などの基礎疾患をもつ患者が夏季に感染症を起こすこと。また壊死性軟部組織感染症の可能性の高い菌種と病態の理解、そして急激な経過をたどることを念頭におき、迅速検査体制と早期診断治療を行なう必要性がある。また剖検時においての感染症検査が死因追求に役立と考えられる。
【謝 辞】
 今回の剖検所見についてご教授いただいた病理検査科医長の松崎 理先生、ならびに臨床所見についてご協力、指導していただきました整形外科の豊根 知明先生、消化器内科の早坂 章先生に深く感謝いたします。
【文献】
1).Janda JM : Recent advances in the study of the taxonomy, pathogenicity, and infectious syndromes associated with the genus Aeromonas. Clin Microbiol Rev 4 : 397-410, 1991.
2).Moyer NP : Clinical significance of Aeromonas species isolated from patients with diarrhea. J Clin Microbiol 25: 2044-2048, 1987.
3).山井志朗:IDWR infectious Disecses Weekly Report.Japan.第3週通巻第3巻第3号,2001
4).Pemberton JM, Kidd SP, Schmidt R : Secreted enzumes of Aeromonoas. FEMS Microbiol Lett, 152 : 1〜10, 1997.
5). Howard SP, Garland WJ, Green MJ, Buckley JT : Nucleotide sequence of the gene for the hole-forming toxin aerolysin of Aeromonas hydrophila. J Bacteriol, 169: 2869-71, 1987.
6). 仲宗根勇, 翁長小百合, 比嘉美也子:沖縄県における血液培養からのAeromonas 属の分離 −ガス壊疽様感染症状を示した症例を中心に−:第92回沖縄県医師会医学会総会,209:2000.
7).佐藤正一,鈴木幸子:魚生食後発症したVibrio. Vulnificus劇症感染症の一例.日臨微誌,11:11〜15,2001
8).Wong CYF, Heuzenroeder MW, Flower RL : Inactivation of two haemolytic toxin genes in Aeromonas hydrophila attenuates virulence in a suckling mouse model. Microbiology. 144: 291-298, 1998.
9).朝野和典,河野茂,平写洋一:ビブリオ・ブルニフィカス感染症,化学療法の領域,13:113〜117.1997
10).立山直: Aeromonas壊死性軟部組織感染症−発症機序の解明,第26回日本救急医学会総会,3:12〜14.1998

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施設紹介

千 葉 社 会 保 険 病 院

【2002年6月14日・激戦】
 日本列島全体が揺れるワールドカップ(W杯)サッカー1次予選、最終戦チュニジア対日本の行われる6月14日に、千葉市大網街道沿いの千葉社会保険病院を訪問しました。千葉社会保険病院の立地環境は、『医療の森』とも呼ばれ、街道を挟んで国立療養所千葉東病院、斜め前に千葉県がんセンター、医療技術大学校等、すこし足を伸ばすと千葉県こども病院、千葉市立病院と患者獲得を目指すには、非常に厳しい激戦の地区であります。

【病院の成り立ち】
 千葉社会保険病院の成り立ちは、1943年国立健康保険千葉療養所として発足し、1951年健康保険療養所松籟荘の名称で、現在の千葉県がんセンターとウェルサンピア千葉の地に木造平屋建て病棟をもって、結核療養所として診療を行いました。1958年社会保険松籟荘と改称し、1971年に現在の地へ新築移転し、千葉社会保険病院と改称した伝統ある病院です。診療科は、腎臓内科など15診療科と健康管理センター、介護老人保険施設サンビューちばで構成されています。病床数200床、透析70台、平均外来患者数:約700名/日、検診受診者:約200名/日(巡回検診を含む)。
【笑顔・働く環境】
 スタッフは、正職員24名・アルバイト2名の計26名、行政改革のあおりで、働く環境は年々厳しくなってきましたが、一様に明るく元気な笑顔で働いていました。
【検査部概略】
 臨床検査部の所在は、1階正面玄関右側通路を50mくらい直進します。すると、大きく採血と書かれた看板があり、その採血室から奥が検査室となります。採血業務は、1999年11月にエイアンドティ社CLINILANシステムを導入し、その際に外来患者採血を検査業務に取り入れました。採血は、採血管選択装置 テクノメディカBC-ROBO 、H570を使用し、受付・採血要員として専任1名、各検査部門から2名当番制で外来採血業務(1日約120名)にあたっていました。検体検査部門は、ワンフロアであり使用している機器は以下のようになっています。尿自動分注装置 UA-ROBO、尿定性・沈渣 HITACHI SuperUA+6800、尿蛋白定量・便潜血 A&T502X、生化学 HITACHI 7600-110、蛋白泳動装置 JOKOH CTE700、免疫 ダイナボットAxSYM、A&T502X、血糖・HbA1c A&TグルコローダNx、アークレイHA8121、血液 ベックマン・コールターSTAKS、SysmexK4500。また、各部門別の人員構成は、受付・採血3(1名は専任アルバイト)、一般・微生物4 生化学・免疫4 血液・輸血3 生理9(1名はアルバイト)病理・細胞診4(内1名は微生物検査と兼務)です。病理検査は、腎臓生検の検体が多数あり電子顕微鏡等で高度な医療検査をこなしていました。
【今後の医療として】

 『臨床』の二文字が付く職種であり生理検査や採血だけではなく、糖尿病療養指導をはじめ、生活習慣病管理にかかわる指導等に興味があり業務拡大できることを願っています。また、他院において既に行われている、病院全体のデータ管理にかかわることも、検査技師の職域を拡大する一策と考えています。
【今後の展望や展開】
 現政府の医療費抑制政策に伴う諸々の改革は、医療界に大きな変化をもたらしている。昨今、若干のトーンダウンはされたものの、特殊法人の一部讓渡を含めた民営化案は、全ての社会保険病院に大きな波紋を投げかけている。しかし、すぐさま仁戸名の地から千葉社会保険病院が消えて無くなる訳もなく、と言って今までどおりの筈もない。診療保険点数改定あるいは、近々導入されるであろうDRGまたはDPC/PPS等、医療界の変化に即応し先ず地域住民のニーズに応え、地域に必要と思われる病院となることである。その為には、厳冬の時期にあっても職員個々が研鑽を積み、病院あっての職員より職員あっての病院と思われるよう努力する必要があると、森技師長がワールドカップ(W杯)サッカー決勝戦のように熱く語っていました。
【検査部としてのアピール】
病院の基本理念である『思いやりのある医療』『質の高い医療』『チームワークのよい医療』を遂行するために、当検査部では、外来患者の血液検査の約70%、尿検査のほぼ100%の診察前至急検査に対応し、生理検査部門検査も診察に合わせて検査が出来るよう予約の調整をして、検査結果だけを聞きに来るという日を極力なくし、二度足を踏ませないよう患者サービスに心がけているそうです。

 最後になりましたが、大変お忙しい中、長い時間にわたり笑顔でお世話して頂いた森重彦技師長はじめ、スタッフの方々にお礼を申し上げます。
 千臨技編集員
市東  功(千葉労災病院)

青柳 正則(千葉社会保険病院)

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